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性的誘惑について
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性的誘惑について
性的な経験をはじめて竜つ季節は、夏が最
高で、次には一、二月が多いそうです。とこ
ろが、性欲そのものの自覚は四月が最高なの
ですから、性的誘惑というものは生理的条件
によるよりも、多分に心理的な条件によるこ
とが考えられます。
誘惑ということばは、悪く解釈されてとか
く誤解を起こしやすいのですが、もともと性
は、誘い誘われて迷うのがその本質といって
よいでしょう。そしてその結果がしあわせで
あればよいのです。
性的にいって、男性は強姦できるくらいの
攻撃的な力をもつべきです。そして、その能
力を、道徳心や教養によって押さえ、女性を
楽しい性生活へとリードできなければなりま
せん。
男性と女性では、接吻ということ一つでも
その意味が違います。女性は接吻だけでもい
ちおう性的満足を得られますが、男性にとっ
てのそれは、あくまでコイタスへの手がかり
にナぎません。そのためか、接吻を許してい51
る女性の半数は、さらにコイタスまで許して
しまっています。
女性の全身の皮膚は、性的なふれ合いに敏
感に反応するだけでなく、心理的にも暗示に
かかりやすく、巧みなささやきに理性を失い
やすいものです。
肉体的に不利であることはすでに述べまし
たが、さらに女性側に人格的なシミの残るて
とを重く見たいと思います。
つまり、男性から受けた性行為の、肉体的
記憶が残るぼかりでなぐ、その男性の声、こ
とばつかい、体温、体臭などに至るまで、女
性にしみつい禿記憶として残り、その人格上
に変化を起こすのです。
この点をよくよく理解して、単に、自分の
性欲を満足させることだけを目的にする、エ
ゴイスティックな男性の誘惑を見きわめるだ
けの、理性をもってほしいものです。
人間の性生活
結婚の相手を選ぶ条件に、性的調和という
-点も、これからの結婚では考えてみなければ
ならないと思匝ます。この場合、性欲、性力
のつり合いのほか、性的態度がどうかどいう
ことがもっと大事な問題になります。
すなわち、性はいやらしいもの、浅ましい
もの、不潔なもの、罪深いものというような、
誤った観念の申で教育されてきたり、あるい
は、幼時に、性的なことでショックを受けた
(たとえば、性的ないたずらをされた、両親
のコイタスを目撃したというような)経験の
ある人は、性的態度にゆがみができていて、
好ましい相手とはいえないのです。
あるいは、これをお読みになる方の中に
も、いまだに、性を動物的なもの、あさまし
いものと考えている方があるかも知れませ
ん。ことに女性にその考えが強いのは、残念
に思います。
人間の性生活が決して動物的な行為ではな
いということを、これから述べてみたいと思
います。
ところで、人間が性について、なぜ恥かし
く思ったり、いやらしく思ったりするのでし
ょうか。性的なことを恥かしく思うのは社会
的習慣であるとか、衣服を着るのは恥かしい
から隠すのだ、いや、飾るため必要なのだと
もいわれます。
フロイドは、性的な恥かしさがあるから、
それによって正常な性欲が発達するのだ、と
もいっています。
しゆうちびたい
女性の董恥は、男性を誘う媚態にも通じま
す。性の世界では、この二つは同じものとい
われます。ですから、恥かしさは極端でない
かぎり、じゃまにはなりません。しかし、い
やらしいもの、いとうべぎものと感じること
は問題です。
性行為そのものを悪いこととする罪悪感
は、なぜでしょうか。両親のコイタスを目撃
した驚き、思春期に月経や遺精を経験した驚
きと恐れなどが、それを形づくることがあり
ましょう。
また、コイタスを行なう性器のある場所が
排泄器官と接近していたり、同一であるため
に、きたない感じをいだき、性をいやらしく
思う原因になりましょう。
しかし、この性に対する嫌悪感は、結婚生
活においてはどうしてもとり除いておかねば
なりません。
動物的行為ではない
人間のコイタスを、動物的行為だ、けだも
の的で下等な行為だ、と思っている人たちは
相当に多いようです。そう考える人にとって
は、呼吸をしたり、歩いたり、食べたり、眠
ったりすることも、動物的で下等な行為に違
いありません。
呼吸など-は、命を保つうえに実にたいせつ
な働きをするのに、人間の呼吸のしかたは動
物と少しも変わっていません。眠りだってそ
うです。全く下等で、動物とくらべて進歩し
ているのは、寝具をいろいろとくふうしたぐ
らいのもので、眠りそのものは全く動物的で
す。歩くことも同様。人間は二本足で歩くか
ら高等だとはかぎりません。鶏泥って二本足
で歩きます。だから、二本足で歩くことは鶏
的でたいへん下等です。はきものをくふうし
た以外は、人間の歩き方は動物とくらべて全
然進歩していません。食べるという動作にし
ても同じです。
コイタスを下等だ、いやしい行為だといっ
たら、人間の行為はすべて下等でいやしいと
いうことになります。
人間のコイタスは、もと竜とたしかに動物
的なものでした。ところが、見たり、食べた
り、眠った堕、歩いたりする行為にくらべち
と、断然高級な行為になってきているので
ナ。それは、動物の水準をはるかに抜いた行
為になってしまっているのです。
人間の行為のうちで、コイタスほど高級な
行為はない、というつもりはありませんが、
コイタスがとびぬけて高級な行為の一つであ
ることはまちがいないと思いますα
それは、交位(性交態位)の対面性と多様
性、性交運動の多様性、女性側に極快感の存
在すること、思考が関係すること、コイタス
と生殖が分離していること。などの理由によ
って証明することができるのです。
交位と性交運動についてハヴロックエリ
スは、「人間のコイタスにおける、最も基本
的な特色は、対面性の交位を用いることであ
る。二人の最も重要なう最も美しい、最も印
象的な姿を互いに示し合い、こうして性行為
の喜びと親しさが倍加する」といっています。
対面的に抱き合うことは、人間の精神が高
度に発達したたまもので、この形が、愛情の
表現に最も適することを学びとったためなの
です。
恋愛中の男女なら、だ丸でも経験している
とおり、コイタスによらない愛の表現の場合
でも、対面的に抱擁し合うのが最高の形であ
り、接吻にも便利です。
ですから、人間の交位は、人間の精神の高
さを示すものと認めてよいのではないかと思
います。
㌔こらに、交位の多様性は、これまた人間で53
あるがゆえのものなのです。動物は、たった
一種類の交位しか竜ちません。チンパンジー
という最高級の種類に至つて、やっと二種類
の交位があるだけです。
東洋には、古くから交位にういての書があ
りますが㍉いずれも数十種類に上る交位のあ
ることを示しています。
また、人間の性交運動の複雑さは、人間の
コイタスが動物的水準を抜いて、知性ど愛情
の結果による、高級な行為だということがで
きます。
女性側に極快感の存在することオτガズム
についてはすでに述べたとおり、コイタスの
クライマックスにおける性的快感の極点をい
います。
コイタスという英語は、ラテ7語そのまま
を英語読みにしたもので、「いっしょに行く」
という言葉です。「いっしょに」というのは、
「男女が、同時に相たずさえて」の意味で、
「行く」というのは、「極快感の世界へ行く」と
いうことになります。
動物の場合は、ほとんどオスが行くだけ
で、メスは行かないのです。つまり、メスは
取り残ざれてしまうのですが、人間の場合に
は鵡男女が相たずさえていっしょに「行く」こ
とができるのです。だからこそ、人間のコイ
タスは動物と比較にならぬほど高級な行為な
のです。
愛し合う男女が、オーガズムの一致を求め
て、くふうし努力する行為は、動物とは比較
にならぬ美しい行為であるといわねぜなりま
せん。
思考が関係することコイタスを行なう場合
に、噛はっきりと相手を認識する必要がありま
す。さらに、相手が、好ま㎏い相手であるか
どうか、その行為を望んでいるかどうか、こ
の行為が社会的、法律的に許されているもの
かどうか、-などという考慮が必要になってき
ます。
そして、コイタスをする場所や、状況の判
断ぶ思考として働きます。こういう思考は、
コイタスに関係する思考として、人間独特の
竜のといってよいでしよう。
生殖との分離動物のコイタスは必ず生殖を
目的としています。それは、一年のうちきま
った時期にだけコイタスをして、その結果、
必ずといってよいくらい妊娠するからです。
動物の世界では、ゴイタスと生殖が一致し
ており、性の快楽は、ほとんどオスにかぎら
れるのです。ところが、人間は成人になれば、
一年中性交欲をもちます。哩
人間の場合、妊娠というのは、数多やコイ
タスの偶然の結果で、動物のような必然の結
果ではありません。
性欲が、ほんとうに生殖のたぬに起こるも
のなら、女性が妊娠するのに適当な、排卵期
に起こるべきです。ところが、篠崎氏やデー
ヴィスの報告によっても、月経と月経の中間
の一週間中に性交欲を感じるのは、一〇〇人
中、たった五人か六人にすぎません。
ただし、自然現象として、性と生殖の分離
は完全には行なわれていません。しかし、近
ごろの受胎調節法の進歩によって、コイタス
と生殖の分離が、ほとんど完全にできるよう
になりました。この点からも、入間の性行為
漆、動物のそれと全く異なっているといえま
しょうQ
竜ちうん、生殖ということは、次代をつく
ってゆく尊い行為ですが、しかし、生殖だけ
を尊んでコイタスをいやしめた従来の思想は
破棄しなければなりません。
肉体と精神の調和
結婚すると、女性はきわ立って美しくなる
ものですが、その原因を、性生活の結果、精
液を吸収するためだとするのは俗説です。そ
れは、女性ぶ性的満足に達し、性の快感と満
足が全身のホルモンの働きを活発にするから
でしよう。
しかし、もっど根本的には、愛情と信頼と
満足感から発する幸福感が、その美しさを形
成するのでしょう。
つまり、肉体と精神の調和が美しさを生む
わけで、それは、ほどよい性生活によるので
す。適度の性生活というのは、一人一人の性
欲や性力の程度で違いまナから、一般的な線
を出すわけにはゆきませんが、翌朝まで疲れ
が残らない程度、生き生きと充実感を竜って
仕事に励むことのできる程度を基準にすべき
でしょう。
そして、コイタズは、単に肉体の交わりで
なく、精神の交わりである点を強調したいと
思います。夫婦の問においては、愛と尊敬と
信頼を欠いたコイタスでは、心から満足し合
うことができないのですから。
性生活の参考書夫婦の性生活について根本
になることをいっしょに考えてきましたが、
ここでは、性行為の技術にまでふれ得ません
でした。それで、性行為のための参考書とし
て、比較的手に入りやすい本を紹介しておき
ましょう。
性行為の準備段階について述べたものに、
たかはしてつ
高橋鉄著「続あるすあまとりあ」がありま
す。これは精神的、心理的に見て、性的な決
感や興奮に誘うためにはどういう手段が必要
かということを具体的に教えている本です。
次に、本行為についての参考書としては、
ヴァンデヴェルデの「完全なる結婚」があ
ります。これは、コイタスそのものの技術を
教える本として、世界的な、名著です。
性行為に四つの段階が必要であることを述
べ、交位を十種類あげて、それぞれの長所を
具体的に説明してある点など、非常によい参
考書ですが、いわゆる性感曲線の図など、現
在ではまちがいとされているものも入ってい
ーますので、批判的に見る必要もあります。
謝国権著「性生活の知恵」は、性行為におけ
る交位について、人体模型を使い、この写真
で具体的に教えています。
男女別々の写真により、それぞれの姿勢を
アルファベットの記号でよび、組合せを説明
している点、非常にわかりやすいのです。特
に、女性が受身になるだけではいけないこと
を強調し、女性側の能動的な交位を説明して
いる点、すぐれています。
同じように、文章だけによる交位の説明書
として、前記、高橋氏の「定本あるすあま
とりあ」があり、前技、補技と性交運動の方
こらク
法を、具体的に教える本として、同氏の「紅
けいひこう
閾秘俺」があります。
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